(また時期はずれですいません、本職は忙しいわそれに伴い職場でトラブルやミス起こしてしまうわ体調不良にもなってしまうわで・・・)

新国立競技場の予算問題やエンブレム問題で「責任の所在がはっきりしない」なんていわれている
どこかで読んだ記事には「太平洋戦争の戦争責任の頃から日本人の体質は変ってない」なんて書かれてた

マンガ版の「天切り松闇がたり」で主人公が昔の残飯を売るズケ屋の話の後に
「今の人たちは戦争はいけないもんだと思ってるが、当時は戦争でもおきて景気がよくなってくれないかと願ったものだ」
と言っている、やはり軍事産業による景気向上のために戦争がやめられなかったしみんな戦争を受け入れてしまったというのもあったのかもしれない
戦争はビジネスの側面も持っている
アメリカ等が戦争をやめられないのはそのためか
そのため景気が下向きになっている中国とかも戦争を始めるかもという懸念も出てきた

映画「天空の蜂」を見た
確かにサスペンス映画としても面白いが原発問題を考えるためにも見てもらいたい映画である
ある意味原発被害者でもある犯人がセリフを言うたびに心に突き刺さる
これが1995年に書かれていたと言うのが驚きである、本当に今を予見してるかのごとくである
実際の原発問題もまたなぜ責任の所在がはっきりしないかという理由の一つかもしれないものがこの映画に出てきている

安保法案に関してはちゃんと調べればやはり反対しなくてはいけないのかもしれないが、あれだけデモやなんやらで騒ぐと自分はなぜか逆にさめてしまう(小林よしのり先生も安保法案には反対してたがデモにも否定的だ、北野武はじめ何人かも人がデモについて反論してる)
自分は北朝鮮の拉致被害者やその家族を思うとどうしてもいちがいに反対と言えなくなってしまう
北朝鮮は口で抗議しても聞きゃしないと思う、逆に攻撃できないとなめられてるとしか思えん
尖閣諸島で中国等の船の被害にあっている漁師さんたちも「安保法案に賛成、このままだと日本がなめられてる」という賛成意見がほとんどだった
確かに戦争なんてものはよくないに決まっている自分たちの子供が戦争に巻き込まれたくない戦争に行ってほしくないというのももっともだ、しかしこのまま戦争ができない国だと外国になめられるのも問題なのでは国際関係においても日本の対場が弱くなってしまうのではと
憲法違反というが今の憲法はアメリカのGHQが日本に押し付けたもので戦争放棄もアメリカが日本に戦争できないようにしてアメリカの都合のいいように日本を利用するためのものととらえることもできてしまう
確かにこのままだとアメリカにいいように利用されるのでは日本はアメリカ頼りの国になるのではという懸念も確かにある
北朝鮮にしても日本が「国民の拉致」という攻撃を受けてるにもかかわらずアメリカは何にもしてくれないじゃないかなんて

実際のリーダーに位置している石原慎太郎も橋下徹も森喜朗もただ人の上に立ちたい支配欲の塊だったり周りの人たちのおべんちゃらで祭り上げられてるだけなのであろう
スパイダーマンとかに出てくる「大いなる力には大いなる責任を伴う」なんて考えてもいない連中である
「よろしくメカドック」の次原隆二作画のマンガで問題責任を押し付けたり国民の不満や抗議を受けるためだけに総理に祭り上げられた男が主人公のものがあった(この主人公は自覚しているが)
124巻4話や128巻8話で白鳥麗次が両津におだてられてうまく利用されている
88巻7話や104巻2話では両津が女子婦警におだてられて利用されている

今までも何度か紹介している小林よしのり「本家ゴーマニズム宣言2」の
アメリカ人は不安に強く一人で行動できて無謀で無責任で自分勝手、個人主義で無謀だから冒険的で拝金主義でグローバリズムに適している(中国人も)
日本人は不安に弱く集団で行動し慎重で責任感が強く規律正しい、円満が大好きで人を出し抜いて極端な格差をつけることに向いてない
この日本人の特性が悪い方向に出てしまっているのではなかろうか
原始ムラとか言われる農耕民族のムラ意識が出てしまったのか(ミーハーと言うか流行り物好きと言うか)
誰かが言い出したのがきっかけで周りの人がそうだからと自分も賛成してしまいみんなが右ならへで間違った方向に突き進んでそれが集団で広がってしまい、いざ間違いとわかってもみんなが言い出したのであってもともと誰かリーダーや責任者がいるわけではないという
その時の思いつきや勢いだけで事を運んでしまい元々計画性や準備がなかったためそれが元で後になって失敗してしまうのは両さんの典型的なパターンだが個人やリーダー的な存在の人がやってしまうアメリカ人や中国人(毛沢東他)と違い日本人は集団でそれをやってしまう国民なのかも

75巻2話で両さんが道路の金網に空き缶が二列になって刺さってるのを見つける
推理すると誰かが飲み終わった空き缶を刺したのをみんながまねしたとわかる
何もなければ変化がないがいったん汚すと果てしなく広がってしまうという

元々「何かあったら責任は自分がとる」というリーダーや責任者がいたわけではない
日本人が円満が大好きで人を出し抜いて極端な格差をつけようとしないのは人の上に立ってそれに伴う責任を負いたくないからかもしれない
ある意味「大いなる力には大いなる責任を伴う」というのをよくわかってるともいえるのか
そういう自分も確かに人の上に立ちたくないのはリーダーシップが元々ないというのもあるが責任を負う自信がないと言うのもある
実は職場でもたびたびそんなことが原因で回りに迷惑かけたり怒られたりしてて・・・
そういえば昔に見たテレビ番組でダービー企画のレースで外人選手は「俺に任せろ」「俺にかけろ」と強気だったのに対し日本人選手は「がんばります」「やってみる」みたいな控えめな発言してた
最近の高校生の調査でも日本人は「自分はダメな人間だと思うことがある」とかのネガティブ、謙虚な思考が多いのに対しアメリカ中国韓国は「人並みの能力がある」「自身がある」という思考が多かった

責任は誰にあるのか、
それは何の計画性や準備も整わないまま「オリンピックをやろう」となった時に賛成して推し進めた人全員ではなかろうか
もともとの計画性や準備がないためちゃんとした人でなくおだてれば金を出すようないい加減な奴が責任者になったり、予算問題や盗作問題が出てきたり、後から日本の暑さの熱中症対策やら集中豪雨の問題が出てきたりして問題になってしまうのだ
原発やら他の問題もそれがいえるのかもしれない
「原発問題をわかってて止められなかった自分や今までちゃんと考えなかったあなた達にも責任がある」という小出裕章氏の意見ももっともだ
確かにその時にもっと強く反対してとめられなかったり著名運動やらデモを起こしてでもとめられなかった自分や始から反対してた人たちにも少なからずとも責任はあるのかもしれない(とはいってもとてもそこまでやる勇気や行動力やカリスマ性は自分には元々ないのだが・・・)

アジサイや地震対策やら何の関係のないものまで「オリンピック予算」と称して要求されてるらしい
東日本大震災の復興予算同様関連をかこつけて政権からお墨付きを得て多くの予算を会得しようとしてる
(前にも紹介した173巻3話)
さてクルッテイルノハダレナノカナ