「エベレスト3D」を見た
ノンフィクションだけあって悲惨極まりない話である、「奇跡の生還を果たした」なんてハッピーエンドではない
生き残ると思っていた主役でさえ死んでしまうのだ

見て思ったのは
「自分の人生で何かをなし得たい」「一度決めたことは最後までやり遂げたい」「道を極めたい」という「達成欲」というのも恐ろしいものだということだ
民間の登山請負業者が現れたためエベレストは登山客で渋滞になってしまう(一時は二百人以上だったとか)
そして盗聴の日嵐が近づいてるので2時には降りる予定がロープが張られてない不備やあきらめようとしなかった人たちのため下山が遅れ嵐が直撃助け意いったものも含め8人が死亡してしまう大惨事になり助かったものの一人は両手と鼻を失ってしまう
映画ではちゃんとあきらめて下山した人も出てきたがそれは賢明な判断ではなかろうか
何せ事件の原因になってしまった男は請け負い業者である主人公に「あきらめろ」といわれても「もう今回で最後だからやらせてくれ」といって主人公を納得させてしまい連れ添わせてしまうのだ
その男は資金調達のため3つの仕事を掛け持ちして「世話になった人たちの子供達にこんな自分でもやり遂げることができるのだということを伝えたい」と無理してしまうのだ
それに映画では出てこなかったがあるムック本によると遭難して死んでしまった登山者の死体が目の前にごろごろ転がってるというのだ気温の低さと酸素の薄さのため腐敗せず遺体を収容しようにも空気が薄いためヘリコプターで行けず抱えて下ろそうにもいって帰ってくるだけでも大変な場所のため二次災害の恐れがありできないのである
映画の最後のエピローグでは主人公の遺体は今でもエベレストにあると出たがそのほかの遭難者の遺体もおそらくエベレストに残ったままなのだろう
そしてそのムック本にはエベレストでは遭難しかかってる人でも助けず無視するしかないという事も出てた、そうでないと自分も死んでしまうからだ
映画でも同行したクラカワーというジャーナリストが「助けに行きたいがそうすると自分も死んでしまう、自分は死にたくない」といっている(この事故の後彼はエベレスト登山の商業化を公然と批判した)
このことについてアルピニストの野口健さんに意見を聞いてみたいものである
139巻6話でエベレストですし屋をやるなんて出てきたがそんなわけあるはずないのだ
(来年一月にはワールドセンタービルを綱渡りしたノンフィクション「ザ・ウォーク」が公開されてしまうし、三月には「エヴェレスト神々の山嶺」が公開されてしまうのだが)

「ホドロフスキーのDUNE」という映画も思い出した、その昔企画しながらできることのなかった映画のてん末をおうドキュメンタリー映画である
冒頭すぐにホドロフスキー監督が「私にとって映画は芸術だ」といった、そのとたん自分は「あ、そりゃあかんわ」と思ってしまった、映画は娯楽産業である
究極の映画を作りたいとスタッフ、背景、衣装、俳優をそろえていき膨大な量の企画書を作り上げる、そしてさあ映画会社に売り込もうとするが(そう、もうこの時点で順番が間違っている、自分はまぬけにもそれが出るまで映画会社と契約してから企画を進めてるとばかり勝手に思い込んでみてた)「変な映画ばかり撮ってる(ホドロフスキー)監督にSF大作を任せられない」「上映時間12時間は長すぎる」そして何より「制作費が膨大すぎる」という当たり前といえばそうだとしか言いようのない理由でどこの映画会社からも断られてしまう
ホドロフスキー監督は「こんなもののために」とお金を取り出して嘆いたが映画会社にしてみれば金のために映画を作ってるのであって個人(赤の他人)の願望のために作ってるのではない
何せ数分しか出番のないダリの高額な出演料勝手に決めてるのだから
これも「究極の映画を作りたい」という思いが暴走した結果とも言える

物欲の両さんはあまりこういうことはない
むしろ部長がそういう傾向がある
143巻8話で登山にはまり両津を無理やり誘い何かと薀蓄をいって説教するが実際は自分がへたばったりして迷惑かけまくっている
148巻3話でボーリングにはまり自宅にレーン作るはロボボーリングに無理矢理出るはで周りに迷惑かけまくってる
167巻2話で忍者ゲームにはまり孫の助けもあり両さんを指導するまでになってしまう
175巻3話では自分が焼き物に精通してると思い込んで両さんの家から出てきた焼き物を鑑定することになり中川がすり替えた本物を偽物と判断しぞんざいに扱ってとうとう国宝を割ってしまう、目利きでもなんでもなく実はいんちき鑑定家にだまされてただけだった、オマケに偽物を高額で買ってしまっていた
部長の場合は両さん同様凝り性で調子こきなめんもあるというのも原因のだが・・・(両さんの悪い部分がうつっちゃたのかも、それかどちらも違うようだが別の意味で度が過ぎてダメなのか、167巻8話で部長は振り込め詐欺に両さんは利殖詐欺にあってそれぞれ典型的なパターンとされている)
中川もそんなところがある
145巻2話で幹事を任され生真面目にやるもとても楽しめない旅行プランを立ててしまう
178巻3話で好きなゴルフで両津の団地ゴルフに対抗するため500メートルの高層団地でのゴルフをやろうとする
193巻11話で地から入れて3年前から両さんの誕生日イベントを企画するも両さんが当日遅れてしまい荒れてしまう
196巻13話では店でワインのうんちくを語りまくり両さんと麗子をうんざりさせている
(中川も両さんの変なとこが移ってしまったのか・・・)
そう常に物欲や金銭欲の不真面目でいい加減で飽きっぽい両津でなく生真面目で勤勉な努力家の部長や中川みたいな人間がこういう「欲」におちいりやすいのかもしれない

その人自身ならまだしもそういうことを他人に押し付けるのも問題だ(特に親とかが子供に)
根性論は間違ってると以前にもかいた
最近だと前にも書いた組み立てたいそうのピラミッドなんかがそう
成功させて達成感を植えつけたいか見せ付けたいのかも知れんが崩れて子供が骨折の危険があるのを無理にやらせるなど子供のことを考えてるとは到底思えない
また三人の子供を勉強づけにして東大にいかせた母親が少し話題になったがそこまでしてやらせてその子が将来よくなるとも思えない(そこまでしなけりゃ東大に行けないのなら悲しいけれど先は見えてる55巻5話で無理して国立に受かったが体を壊して入院するハメになった人のエピーソードとして出てきている、そして麗子は別にそんなに勉強しなくても国立に受かったと)
(辛抱治郎が失敗して本当によかった、あの男が成功してたら「自分がやったんだからお前もやれ」みたいなことをいいかねなかった)

それにこれは日本政府が「いくな」といっているのに行ってしまい人質になって公開処刑されてしまった日本人にも言えることなのだ

「やり遂げたい」という思いから無理してやろうとする前にそれがそこまでしてやるべきことなのか、それにより他人に迷惑かけたり危害を加えたりしてないか、失敗した時にその被害はどうか、それこそ失敗した時に家族や他の人に迷惑がかからないか、考えてみて立ち止まったりあきらめるのも大切なのではなかろうか
「命がけで」などとよく言うが命あってのものだねではなかろうか、両手や鼻を失うようなことは避けるべきでは
何よりそれを人に押し付ける(特に親とかが子供に)などということは言語道断である

(2015.12.14 追記)
「日本の再生を願う男性」さん
コメントありがとうございます
富士山は別に無理して登録せんでもよかったのではとも思ってしまう時があります、何せ今年中国の南京虐殺の資料が登録されてしまいその無念の方が強く「世界遺産」ていったいなんだと思えて・・・
すいませんが「ポケモン」や「ガオガイガー」は興味がどうしてもわかずなんとも・・・
好きな映画はここでも何度か書いてるように自分は映画好きで年に数えきれないほど見てるためどれがいちばんとはとても決められません、すいません

(2015.12.20 追記)
「日本の再生を願う日本人」さん
その昔フランスでは王や貴族のあまりのひどい政治によってフランス革命がおき、王政がなくなった後も恐怖政治になってしまいナポレオンが出て彼がダメになった後王政に戻りました
王政にしろそうでないにしろ国の上層部がどういう人間かが問題ではないでしょうか
人間社会というのはある意味「群れ」で生活しなければなず、そのために「群れ」を束ねるリーダーが必要になってしまうものなのですから(完全なる平等(理想)となると共産主義や社会主義なのである、だがやはり(みんなが平等ですべて分け合う)なんてのはできるわけがないことはもうみんなわかっているはず人には能力などに個人差があるのだから必ず「群れ」を束ねるためにリーダーが必要となってしまうのだから)
企業に置き換えると社長のワンマン会社や今社会問題になってるブラック企業なんてのもある一方ちゃんとした優良会社もあるわけですし
君主制がどうのというよりわれわれ国民がリーダーを見定めることこそが重要ではないでしょうか

(2015.12.24 追記)
辛抱治郎キャスターを辞めてまで懲りずに太平洋横断に挑戦するとか
キャスターを辞めるのは「前の事故みたいなことが起こった時に迷惑にならないように」だとか
あの時の救出にかかった費用国民の税金だとわかってるのか、ちゃんと弁償したのだろうか、もしまた同じ事故が起きて救出しなければならなくなったらまた救出するための費用がかかりそれこそ国や税金払ってる国民にどれだけ迷惑かかるか分かってるのだろうか
それとまたシリアで日本人ジャーナリストがイスラム国に捕まったなんてニュースを聞いた、「行っちゃいけない」とあれほど言ってるのに・・・